2019年09月12日

『ワカタケル』(358〜360)

流れゆく日々 48〜 50

 ワカタケルは大王として優れていたと思います。
 治世が二十三年に及んだのも、この倭の國にとってありがたい、有ることが難い、めったにない、幸運でした。
 よい時代でありました。
 その統治の間にしかしこの國は大きく変わりました。
 神々が去り、文明すぐれた海彼の智者が口にするのを憚った「怪・力・乱・心」の類が此の地においても遠くへ去ってしまい、不思議なことが減りました。國を動かすのはべて官僚になり、彼等が文字と数を操って世を司どります。

 ワカタケルは女たちの喜びでした。
 これは大王として大事なことです。
 豪族たちはこぞって娘を入内させようとしました。
 それとは別に美しいという評判の女を遠い国々から呼び寄せる。采女として侍らせ、時には后に引き立てる。
 夜の床のため、子を生すためだけではなく、遠い地から霊力をまとった女を集めて國の経営の支えとするという意味もありました。

 私ヰト(井斗)も老いました。
 私はもう鳥は飛ばさず、夢を見ることも減りました。
 それでも稀に、ふっと先のことが見えるという時が訪れます。ああ、そうなるのかと納得して溜め息を吐きます。
 今から十何代か先には七年に亘って世を統べる立派な女王が出られる、と誰かが私に囁きます。権謀術数、男まさり。しかし確かに女である。
 ワカクサカはまた、海彼の百済や新羅に兵を送るのは得策ではないとも言っていました。
 先の女王が即位する一世代ほど前、この國の兵は百済と共に新羅・唐の連合軍と戦い、徹底的に敗れます。百済は滅び、倭は任那を失い、以後は島の中でおとなしくしているようになります。
 そういうことを記すのは私ではなく、私を継いで稗田阿礼を名乗る娘たち。
 ワカタケルの魂はどこにおられるか?
 それがわかるのは私が亡くなった時。
 もう間もなくのことでしょう。

(完)
 
(※元の文章を大幅に削っています。全文は日経新聞朝刊9月7日〜9月10日発売分をご覧下さい。)



 「七年に亘って世を統べる立派な女王」というのは持統天皇ですね。里中満智子の『天上の虹』だと、「権謀術数」ではありますが「男まさり」ではないので、まるで女らしくないかのような表現をされると、ちょっと違和感を持ってしまいました。

 最終話の一つ前(359話)は、原文だと「女はみんなH大好き」であるかのような内容になっているのですが、忘れてはいけないのはイヒトヨ(飯豊)のように「Hなんて大したことない」というタイプ(318話参照)の女性キャラの存在です。Hが好きでないことを「男嫌いの現れ」とか「女として欠陥」とかみなすような描写ではなく、ただ「そういうタイプだから」という感じだったのが印象的でした。「スポーツ嫌い」「勉強嫌い」と同じレベルというか…。
 同じくHが好きではなかったワカサザキは、「女嫌い」である以前にそもそも「人間嫌い」だったので(350話参照)、性欲を発散することに全く関心がないという点ではイヒトヨと共通していても、イヒトヨは「善政を行うこと」(=人々の生活の安寧が目的)に楽しみを見出し、ワカサザキは「サディスム行為」(=人を苦しめることが目的)に楽しみを見出していたわけですから、人間的には真逆です。
 漠然とした「古代日本人のイメージ」を全キャラに当てはめるのではなく、「現代人でもこういうタイプの人いるよね」と思わせる構成になっていたことが伺えます。

天上の虹 全11巻セット (講談社漫画文庫)
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posted by さらさ at 17:03| Comment(0) | ワカタケル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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